アメリカでフルタイムの就職活動をした話
メールボックスを見ると、Congratulations on you offer、というタイトルのメールが入っていた。やれやれ、またクレジットカードか何かの勧誘か、と思いながら開くと、数日前に最終面接を受けた企業名がまず飛び込んできた。心臓の鼓動が早まる。動揺した頭でメールの冒頭を数回読み直して、Job Offerをもらったことを理解した。ふと空を見上げると、視線の先には綺麗な秋の空が広がっていた。
夏のインターンがあまりうまくいかなかったため、二年生の幕開けと同時に、否応なく就職活動を始めることとなった。僕が渡米前に日本でお会いした多くの人が、MBAの二年目は人生で最高の時間だったと言った。カリキュラムも自由度が出るので、自分の興味のある授業が取れるし、就職先も決まっているので最高だ、と。翻って、自由度が出たカリキュラムのおかげで確かに授業は楽しくなったが、就職活動に時間を割く必要がある僕は、一日が24時間では到底足りない状況で、毎日睡眠不足の頭に何らかの形でカフェインを注入していた。それは多くの場合コーヒーという形をとったが、やむを得ない場合については、友人に車で乗せてもらって行ったコストコで大量買いしたモンスターエナジーの使用が許可された。
夏のインターン先の会社選びで失敗した僕は、教訓を活かすべく、自分の中で何が大事なのかを書き出してみた。年俸、ロケーション(アメリカの中でも都市によって雰囲気はかなり違う)、など色々なものが並んだが、いったい何を軸にして就職活動すべきか。順番を並び変えて、優先順位を付けてみたりしたが、なんだかしっくりこない。ふと、大学生の時に瞬間風速的にお付き合いをさせて頂いた女性が言っていたことを思い出した。
「恋人に求めること、三つ挙げてみて」
そう彼女は言った。
「うーん、性格がよいこと、顔がこの好みなこと、足首が華奢なこと」
僕は知能レベルの低さ丸だしな回答をした。
「もう一つ挙げるとすると?」
「そうだなぁ。お酒が好きで強いことかな」
そういうと彼女は笑った。猫みたいにとても愛嬌のある子だった。
「最後に答えたものが、深層心理で一番譲れないものなの。だから、お酒が飲める子じゃないとダメってことね」
そういって彼女は嬉しそうに笑った。彼女は九州出身で、早稲田大学に通っていて、そしてお酒がとても強い子だった。この話をした二か月後くらいにいきなり音信不通になったのを思い出すと、今でも心のどこかが鈍く疼く。僕は冷めたコーヒーを口に運ぶと、レポートパッドをめくって、最初に書き出したリストの中で四番目にあるものは何か探してみる。そこには、わくわくすること、と書いてあった。幼稚園児並みの感想で残念であるが、どうやらこれが僕の深層心理らしい。つくってあそぼ、時代から進化が見られないようである。僕はノートパッドをデスクにしまい、ふと彼女がワインが好きだったことを思い出して、今日の夕食は肉を焼いて赤ワインを飲むことにした。
フルタイムの就職活動も、夏のインターンと同じように、多くの企業がキャンパスに来て、企業の説明会を開いたり、コーヒーチャットを開いたり、そしてSWAGを配ったりした。軸が決まると、どの会社を受けてどの会社を受けないか、という決断をするのがかなり簡単になった。また、多くの同級生が既に就職活動を終えているためか、そもそもコーヒーチャットなどに来る学生の人数が夏のインターン探しの時に比べるとかなり少なく、少人数でじっくりと話をできることが多かった。勿論、僕の英語力が一年の留学と夏のインターンで伸びた、という面もあるだろうが、手ごたえを感じるネットワーキングの機会が増えてきた。日が短くなり、秋が深まっていくキャンパスで、僕は少しずつ自信を深めていった。
僕は最終的な志望先を四つくらいの会社に絞った。ここに落ちたら日本に帰るのでよい、という心持でやることにした。一方で、会社の事業内容やカルチャーにはこだったが、職種にこだわるのはやめた。職種については、今までの僕の経験が最も活きそう、かつ、夏のインターンの役回りと似ているものを選んだ。デタラメな英語を話す日本人を採用してもらうのだから、それくらいは譲歩しようと僕は思った。市場調査の類が得意な僕は、市場規模や過去数年の部門別の成長率をせっせと調べ、CEOやFounderの記事を読んだり、会社の偉い人たちのインタビューのビデオを見たりした。魂を込めたカバーレターを書き、レジュメも志望先にあわせてカスタマイズし、そしてそれを学校のキャリアアドバイザーのケビンに何度も見てもらった。ケビンはとても明るい、おそらく40代くらいのナイスガイで、僕の下手くそな英語を容赦なく添削してくれた。本当に、容赦なく。
こうして平身低頭してアプリケーションを提出した四社のうち、首尾よく三社からは書類選考を突破した旨の連絡がきた。小躍りしながら、早速ケビンとの面談を入れて、面接対策をすることにした。ケビンはキーボードをかたかた叩きながら、過去の面接の傾向やフォーマット、聞かれそうなことなどを教えてくれた。そして僕は数回の模擬面接をお願いした。ケビンは、なんだか俺はお前の専属アドバイザーみたいだなぁ、と少し嬉しそうに笑っていた。人の世話をするのが好きなのだ。模擬面接でも、僕の下手くそな言い回しを容赦なく直してくれた。
実際の面接は、とても長く、とても苦しかった。苦しい状況ではケビンと練習したことを思い出して、なんとか答えをひねり出した。三社のうち二社についてはインタビューが二日間に亘り、残りの一社は一日ですべてのインタビューが終了した。インタビューの間はずっと息を止めながら全力でクロールしているような感覚だった。"何か私に質問はありますか" - そう聞かれて初めて、僕は深呼吸をして肺に酸素を送り込むことを思い出す。そして事前に用意してあった質問をぶつけ、脳みそをクールダウンさせる。相手の言っていることのおそらく30%くらいしか頭に入ってこないが、次の面接に向かうために、明らかにオーバーヒート気味の頭を休ませる必要があった。"有難う、お会いできて光栄です"、そういって僕は数えきれない人数と握手をし、この悪夢のような面接たちを終えた。手ごたえは正直わからなかったが、後悔ならばなかった。
その日は最近デートし始めた中国からの留学生であるエレインとキャンパス近くのバーで飲む予定だった。彼女は上海出身で、MBA前はMBBの一角の上海オフィスに勤めていた。彼女も夏のインターンが今一つだったため、秋のフルタイムの就職活動をしていたのだ。僕たちは自然に顔を合わせる機会が多くなり、いつの間にか一緒に飲みに行ったりする仲になった。冒頭のメールは、寒空の下、彼女と待ち合わせていたバーに向かって歩いていた時に受け取ったものだ。僕はスキップしながらバーに向かい、エレインと会い、そしてビールを飲んだ。こんなにおいしいビールは久しぶりだった。
「今日はテンション高いわね」
そうエレインに言われた僕は、X社からオファーをもらったことを話した。そして、僕の中で第一志望だった会社なので、オファーを受ける予定であると。彼女はにっこり笑って言った。
「私も昨日オファーが出て、X社に行く予定なのよ」
僕はバーから飛び出して、ミュージカルのようにいきなり歌いだしたい衝動に駆られた。自分が極度の音痴でなければ実際に歌いだしていたと思う。MBA二年目の後半は、とても楽しくなりそうな予感に満ち溢れていた。
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