MBAで一番印象に残っている授業の話
「☆$##○*!」
「×>°¥+*〆♪€°°>?」
「$€$°○>\^〒○☆!!」
…僕は渡米して初めてMBAに来たことを後悔した。
兆候はもしかしたらあったのかもしれない。 僕はTOEFLのリスニングは何故か得意で、 アメリカに来てからも授業で大きな問題はなかった。 スタディグループのミーティングも、 聞き取りという観点では全く問題なかった( 僕の他にもう一人留学生がいたが、 彼はアメリカで学部を出ていて英語はとても流暢だった)。 でも何故かパーティやソーシャルな場所では聞き取れなくなること がよくあった。僕は周りが騒々しいからなぁ、などと思いながら、 調子良くビールを胃袋に流し込んで、 そして曖昧な相槌をうっていた。 今考えればまったもって浅はかであった。
この授業では途中でちょっとしたミニプロジェクトがあって、 クラスの数人でチームを組んでそれに挑むことになった。 MBAやアメリカ生活に慣れ始めていた僕はちょっと冒険することにした。自慢ではないが、僕は昔から無駄にチャレンジすることが好きな性格だ。 クラスで余り関わったことのない、 アメリカ人とばかりつるんでいるグループとチームを組んでみようと思いたったのだ。 スポーツマンだったじっちゃんは昔こんなことを言っていた ー 慣れ てきた時に怪我をするもんじゃ、と。しかしながら、 遠くアメリカの空気を吸って高く跳べると思っていた僕は、 この金言を思い返すこともなく、 ノリノリでイケイケなアメリカ人グループに突撃した。
グループの中心メンバーはライアンという、 ニューヨークのブティックの投資銀行出身者だった。 学部はWhartonで代々UPennを卒業しているIvy League一家。とても人当たりはよいのだが、 アメリカ人以外と一緒にいることを殆ど見なかった。 それに陽気なアレックスか加わる。彼はMichigan Rossを学部を出ていて、( 当時はそんな呼び名もなかったが今でいう) GAFAの一社でプロダクトマネージャーをしていた らしい。 笑顔の優しいブランダンはアメリカ人だがUKの大学に通っていた という変わり種で、ライアンとアレックスとは違って、 留学生とも比較的交流があった。 最後にウォルフという超絶イケメンだが全く話さない元コンサルタントが加わる 。どうやらライアンとMBA前から知り合いらしく、一人でいるかライアンといるところしか見たことがない。これに僕を加えた5人でチームを組む。アウェイである。 しかし、ライアンが面白がって、いいからチームに入れよ、 みたいな調子だったのでなんとかなるかな、と思ってしまった。 とりあえず初回のミーティングはチームを組んだ二日後の夕方に決 まった。
僕は結構慎重に資料を読み込んで、準備をしてから向かった。 こういうのは初めが大事だし、 今までもしっかりと準備をして行ったものは比較的議論に貢献出来 たからだ。僕は深夜まで頑張って準備をして、 そして倒れ込むようにベッドに横になった。 明日のミーティングで見事な分析と切り口を披露し、 そして一気にアメリカ人コミュニティに切り込んでいく自分を想像 しながら眠りについた。安物のIKEAのベッドは相変わらず堅かった。
ミーティングの予定時刻になってもライアンとアレックスは現れな かった。 ブランダンとウォルフと僕は三人で雑談をしながら過ごしていた。 ブランダンは婚約者がいるらしく、 彼女も同じ大学のロースクールに通っているらしい。とんでもないパワーカップルだ。丸っこいメガネをかけた彼は、 それとなくイギリスアクセントの英語を混ぜてくるとてもチャーミ ングな男だった。それをウォルフは静かに見守る。 とても優しい時間が流れていた。
約束の時間を10分くらいすぎて、 ライアンとアレックスが現れた。よし、ここで僕の素晴らしい分析を披露するか、と事前に用意してきた資料をとるべくバックパックに手を伸ばした瞬間、椅子にどかっと座ったライアンが切り出した。
「俺にいい考えがある。 俺は実はこのプロジェクトに似たやつを学部時代にやってんだよ」
そして彼はプロジェクトのポイントなどを一気に説明し出した。 僕はライアンの説明が始まって、チーム全体が白熱した議論を始めてすぐに違和感を覚える。 英語が全く入ってこないのだ。たまに聞き取れる単語があるが、 全体として何を言っているのかわからない。 しかもアレックスが議題と関係のなさそうな茶々をいれたり、 ブランダンがジョークらしきことを言うので、 僕の頭はとても混乱した。正直に言って、 彼らがなんの議論をしているのか、皆目見当がつかなかった。 僕は何も言うことができず、ただただ曖昧に頷き続けた。 僕に話を振らないでくれ、とそう思いながら。まぁ残念ながら人生はそううまく進まない。
「お前はどう思う?」
ライアンが僕の方を向いてそう聞いてきた。いや、 聞いてきた気がする、と言った方が正確だろう。 何故なら僕は何を質問されているのかすら分からなかったから。僕は弱弱しく頷くことしかできなかった。ライアンはちょっと怪訝そうな顔をしたが、よし、じゃあ意見はまとまったな、という感じで議論を切り上げた。ウォルフが次のステップを纏めてミーティングは終わった。約1時間の生き地獄だった。僕は準備した資料を出すこともなく、若干泣きそうになりながらキャンパスを後にしようとした。とてもいい天気の日で、太陽の光が恨めしかった。その場にいたくなかったので足早に立ち去ろうとすると、後ろから走ってくる足音が聞こえた。ウォルフだった。彼は僕のとなりに来ると、ちょっとはにかみながら"Hey"、といって話しかけてきた。
「君さ、全然話してなかったけどどうして?なんかOffensiveなことでもあった?」
いつもの聞こえる英語だった。僕は一瞬、どう答えるか迷う。かっこつけて、いやそんなことないよ、と言おうかとも思ったが、ウォルフが本当に心配そうな顔をしているので、正直に答えることにした。あまり話さないけどいいやつなのだろうな、と僕は思った。
「正直、君たちが議論していることが全然わかんなかったんだ」
ウォルフは顔色を変えず、しかし目線を少し落とした。それからゆっくりと、おそらくはとても丁寧に言葉を選びながらこういった。
「まず初めに謝りたい。ライアンが解決策があるとかいうもんだからみんな興奮しちゃって君に話をきくことが殆どなかったね」
そして彼はゆっくりとこう続けた。
「僕らの話すスピードが速かったのと、あとは多分かなり砕けた言い方が多かったから、なのかなと思う。授業ではみんなや教授に伝わるようにある程度整理してゆっくり話すけど、今日はいつもの仲間が殆どだから、ちょっとしたスモールトークみたいな感じだった。伝わらなかったのは僕らのせいだ、君のせいじゃない」
僕はここで初めて、今まで英語が聞き取れていたのは自分の能力のおかげではないことを悟った。自分がリスニング能力と勘違いしていたもの、それは周りの人の配慮だったのだ。そしてそれを自分の実力のように思っていたことを恥じた。
「でもね」
ウォルフは一度目線を外して、そして改めてこちらを見つめながらいった。吸い込まれそうな蒼い瞳だった。
「わからない、と言って説明させるのは君の責任だと思う。チームとしてやっているんだから、君は議論をとめてわかるまで僕らに説明させて、そしてチームに貢献するべきだ」
一度話を止めると彼はウィンクをしながらこういった。
「僕らは英語のネイティブスピーカーじゃない君たちみたいな留学生に敬意を払っているんだよ。母国語じゃない言語でGMATを受けるなんて信じられない!君たちは僕たちの数百倍賢いに決まっている。わからないのは賢さの問題じゃなくて、言語の問題だってわかってるから、そういうときはいつでも聞きなよ。Dirtyな言い回しでもなんでも教えるよ」
そういって彼は優しく笑うと、”Bye!”といって彼は去っていった。僕はその場に立ち尽くしていた。ベンチに座って夕日が沈むまで延々と考えていた。
次のミーティングは三日後だった。僕が到着すると、既にみんなそこにいた。僕は着席してまず前回のミーティングで話さなかったことを謝り、そして実は議論がわかっていなかったことを正直に伝えた。ライアンは深く頷いて、そしてこう答えた。
「実はさ、なんか変だなと思って、俺は他のやつと話したんだ。そしたらウォルフがお前と話したっていってて、詳しくは聞かなかったけど、今一つ議論がわかんなかった、って話だった」
「ごめんね、ライアンがすっごい気にしてたからちょっとだけ話したんだ。でもたぶん君が自分で説明すると思うから、と言って詳細は話さなかった」
そういってウォルフはこちらを向いた。僕は全く気にしていない旨を伝えて、そして先週用意した資料を手渡した。そしてゆっくりと分かりやすい英語を心がけて伝えだした。前回のミーティングで決めた大方針の中でもいくつか使えそうなデータがあるようで、チームの議論は少しまた前に進んだみたいだ。僕は一時間の間におそらく5回は議論を止めて質問をした。アレックスは一度止められた時にちょっと戸惑ったような顔をしたけど、すぐに切り替えて僕の質問に答えて、そしてこういった。
「時間はかかるけどこれ前回より全然いいな」
ブランダンは多分わざと汚い言い回しを大量につかって、そのたびに嬉しそうに僕に意味を説明してきた。結局こんな感じでもう一回ミーティングをこなして、そしてここでは恐ろしくて書けないような大量の言い回しを覚え、このミニプロジェクトは終わりを告げた。
リユニオンの時に、ライアンとこの時のことについて話したことがある。彼は卒業後はニューヨークにある中規模のPrivate Equityに入っていた。
「俺はさ、あの時大事なことを学んだんだ」
そう言って彼は卒業後に生まれた小さな娘を抱き上げた。
「人が、頭で何かを考えているってことと、それを口に出すのは別物だってことを。これは今でも役立ってるよ」
僕はライアンに向ってこういった。
「僕も大事なことを学んだよ。まずはわからない時にわからないということの大切さ。それからチームに貢献するという意識の大切さ」
この二つを厳しくも優しく教えてくれたウォルフはこのリユニオンには来ていなかった。彼らしいな、と僕は思う。少し間をおいて、僕は微笑みながらライアンの娘を見つめてこう言った。
「そして、君の娘には聞かせられないような沢山の言葉さ」
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