結局MBAに行って身に付いたものは何かという話

MBA不人気説が俄かに囁かれだして久しい。実務能力は身につかない、高額すぎる、大人の夏休み等、各方面から批判されることが多いMBAだが、本当のところはどうなのだろうか。卒業後にアメリカで就職し、かなり時間がたった今、少し振り返って考えてみたい。

第一に挙げたいのは、視野が広がる、という点である。それまで狭い狭いコミュニティで生きてきた僕としては、生まれて初めてこれだけ多種多様なバックグラウンドの人と出会うことができた。そしてそういった人たちと付き合うことで、”世界は広い”、という当たり前のことを当たり前のこととして理解できるようになり、頭でっかちになることを避けられたように思う。意見が衝突した場合、自分の思い込みや価値観を疑うことから始められるようになった。クラスメイトのボブは白人のナイスガイだったが、彼は確かカミングアウトウィーク(みなが言いにくいことをクラスで発表する週。おそらく多くのMBAであるのではなかろうか)でこんなことを言っていた。
「俺はさ、ずっとすごく貧しい地域で育ったんだ。だから周りは黒人の家族だらけで、白人は俺だけだった。幸い、いじめは殆どなかったけど、黒人の友達ばかりできた。おかげで白人に対して凄い悪いイメージを持っていたし、そのイメージと自分の存在で苦しんだ」

頭では分かっていても、心に去来する思いや感情を変えるのは難しい。しかしそれを知識と意志の力とトレーニングでもって冷静に受け止め、感情や直感に支配されないでいることは可能であると僕は思う。そういったことを教えてくれたのはMBAでの経験だった。

次に挙げたいのは、視座が高まる、という点である。留学前の僕は、それなりに人生がうまく行っているタイプの人間だったが、なんとなくこのまま出世を続け、なんとなくお金を手にし、そして早めに引退して海の近くに家を買って引退しよう、というような人生プランを描いていた。従って、MBA受験のエッセイのネタ探しには大変苦労したし、志望校に受かったのもおそらくは会社にいた卒業生の皆様からの熱心な推薦状に拠るものと思われる。僕のような人間は、おそらくMBAでは少数派だ。プログラムが始まってわかったのだが、みな意識が高い。意識が高い系ではなく、本当に高いやつらなのだ。

プロのスポーツ選手として10代と20代の大部分を過ごしたはエレノアは言った。
女性アスリートの地位向上を目指すために私はキャリアを捧げたい」
もう人として完敗である。熱意と覚悟が凄すぎて、これを聞いたときに僕はもう何も言えなくなっていた。こういうタイプの人間が、同じ学年にごろごろいて、そういったやつらと授業で議論を戦わせるわけである。これが面白くないわけがない。

有難いことにこういった人たちに囲まれる中で、自分の視座も高まっていく。自分のケースの読み方も変わってくる。最初はCEO of XYZなんて書いてあっても、はいはい、と思いながら、その会社の課長級くらいの気持ちで小さくまとまったことを授業で発言していたのだが、途中からは本当にCEOのように考えるようになった。

上記の二つがインプットだとすると、MBAで得られるアウトプットとしての訓練は、経営者のように考えて決断する癖がつく、という点である。視野を広く、視座を高く持つ、というのは、自分を社会やコミュニティの一部として、そしてその重要なピースとして捉えるということである。僕は実際、今までの人生では深く考えなかったような問題(人種、社会的格差、片親家庭、教育機会の不平等)について深く考え、何か自分でできることはないか、というのをいつも探すようになった。仕事の文脈に置き換えるのであれば、それは経営者の目線で物事を考え、課題を探ることである。自分の職務範囲をこえ、顧客の問題や会社組織の問題に向き合い、最善の結果をもたらすように努力し、実際に決断する。そういった心持でケースを毎日読み、同じような心持でケースを読んできた同級生達と議論を戦わせ、最後は教授の魔法のような采配でもって議論が収束する。MBAで得られる最高の価値は、この広い視野と高い視座をもって自分なりの意思決定をし、相手を説得する、というトレーニングにあるように思う。

勿論、ケースとは違って、自分は一社員ではあるし、経営者のように振る舞うことはできないが、それでもポストMBAの年数が増え、徐々に自分の責任が増していくと同時に、こういった決断を下す回数は増えていく。そういったときに、自分が正しいと思う決断を勇気をもって下し、周りを巻き込んでいくことができるだけのトレーニングを、MBAではできたように思っている。

確かにMBAに行ったとしても、Machine LearningのDeploymentを実務でできるようにはならないだろうし、市場調査と美しいパワポで顧客を満足させるスキルも身につかないだろう。でも、こういったスキルは別に人生のどの段階においても、努力をすれば身に着けることができる。しかしながら、MBAのように自分の人生や価値観をがらっと変えてくれるような環境を自分で用意するのは難しいのではないだろうか、と僕は思うのである。

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